不均一系触媒によるグリーン合成プロセス

水野哲孝(東京大学大学院工学研究科教授)

我々の毎日の生活を振り返ってみると、衣類、靴、容器、袋、建材など、身の回りのありとあらゆるところで化学製品が使われています。化学工業あるところに触媒ありと言われるほど、その原料のほとんどが触媒を使って合成されています。工場や自動車の排気ガスをきれいにして、酸性雨の原因となるNOxSOxを除去するのも触媒です。その他にも医薬品や食品、肥料や農薬までもが触媒を用いて合成されており、我々の快適な生活は、もはや触媒なしには考えることができません。特に最近では、環境ホルモンや酸性雨問題、地球温暖化など、地球規模での環境破壊が深刻な社会問題となっており、触媒に対する期待が一段と高まっています(表1)。これからは、有害な薬品を使わない、廃棄物を出さない、再使用が可能など、触媒を使った環境に優しいものづくりが重要になってきます。

表1. 触媒技術の応用分野
分野 用途
資源エネルギー
  • 多様な炭素資源の利用、クリーン燃料(特に自動車燃料)
  • 燃料電池など
環境・民生
  • NOx、SOx、すすの除去
  • 触媒燃焼、脱臭、浄水、空気浄化・バイオマス利用
  • 生分解性ポリマーなど
製造・合成
  • クリーン化学合成
  • 不斉合成
  • C1化学
  • リサイクル技術
  • 有害・危険物質を使わない合成
  • 複合プロセス(膜分離、電気、光)など
図1. 溶液中に溶けて働く”均一系触媒”と反応液や反応ガスと接触して働く”不均一系触媒”。

触媒は、溶液中に溶けて働く均一系触媒と、そのもの自体は固体で反応液や反応ガスと接触して働く不均一系触媒(固体触媒)とに分類されます(図1)。不均一系触媒プロセスは石油化学産業では広く用いられており、基礎化成品製造における実用プロセスのおよそ8割以上で不均一系触媒が用いられています。医薬・農薬や電子材料などの精密化学品製造には、不斉反応など厳密な反応の制御が必要であり、均一系触媒プロセスに依存することが多いのが現状です。しかしながら、均一系触媒プロセスでは、反応後の生成物との分離や高価な触媒の再使用が困難であるといった問題点もあります。一方、不均一系触媒は、分離、回収、再使用が容易であること、連続して反応器で運転できることなど、のプロセス上の利点がありますが、精密化学品製造分野で不均一系触媒プロセスが経済的に成立するためには、既存の均一系触媒プロセスと比較して、同等あるいはそれ以上の触媒活性、選択性が要求されます。以下に、均一系触媒の代替となった、あるいは代替となり得る不均一系触媒のいくつかの例を酸化触媒、酸触媒を中心に紹介します。

その他にも、今後有望と思われる様々な不均一系触媒が開発されていて、それらを用いた不均一触媒プロセスの開発が期待されます。

引用文献

  • 御園生誠、村橋俊一編、”グリーンケミストリー – 持続的社会のための化学”、講談社(2001)。
  • 北島昌夫他、宮本純之監訳、”グリーンケミストリー – 環境にやさしい21世紀の化学を求めて”、化学同人(2001)。
  • 実験化学講座(第5版)25巻、日本化学会編、丸善株式会社(2006)。
  • 今日からモノ知りシリーズトコトンやさしい触媒の本、触媒学会編、日刊工業新聞社(2007)。
  • P. T. Anastas, J. C. Warner, “Green Chemistry: Theory and Practice”, Oxford University Press (1998).

不均一系酸化触媒によるグリーン合成プロセス

酸化反応は全化学プロセスのおよそ3割を占め、工業的に最も重要なプロセスですが、精密化学品製造分野においては、いまだに過マンガン酸、クロム酸などの重金属塩、過酸化物や有機ラジカルを用いた方法が広く用いられているのが現状です。このような理由で酸化反応プロセスは最も環境を汚染しているプロセスの1つであるといわれています。そのため酸化剤として、酸素(空気)や過酸化水素を用いた不均一系触媒プロセスの開発が切望されています。アルカンやアルケンを酸素酸化して付加価値の高い化合物を直接得ることができれば望ましく、ブタン酸化による無水マレイン酸製造はバナジウム、リンからなる複合酸化物(ピロリン酸ジバナジル)触媒を用いて工業化されています(図2)。クロロヒドリン法により製造されていたエチレンオキシドも現在では、担持銀触媒を用いたエチレンの気相酸素酸化反応により製造されています(図3)。このエチレンの酸素酸化反応は不均一系触媒を酸素酸化反応に用いたもっとも優れたプロセスの1つであり、年産107トン以上の非常に大規模な工業プロセスです。アルコール類のカルボニル化合物への選択酸化反応は精密化学品製造分野で中心的役割を果たしていて、これまでの副産物を大量に生成するプロセスから不均一系触媒を用いた酸素酸化プロセスの開発が望まれています。近年、構造の制御されたルテニウム、パラジウム、金、白金などを固定化した不均一系触媒が酸素を酸化剤とした広範囲なアルコールの選択酸化反応に対して高い活性を示すことが見出されていて、実用化が期待されています。ENI社によって開発されたMFI構造中にチタンを含有するチタノシリケートは過酸化水素を酸化剤としたアルケン類のエポキシ化、スルフィド類の酸化、フェノール類の水酸化などに適用可能です(図4)。なかでも、アンモオキシム化反応はこれまでのヒドロキシルアミンを用いたオキシム合成の代替となります(図4)。MFI構造では細孔径が狭く、かさ高い分子の酸化は困難でしたが、MFI構造に比べて細孔径の大きな様々なチタン含有多孔体が合成されており、これらを用いるとかさ高い大環状化合物の酸化も可能になります。

図3. エチレンオキシドの製造。
図4. チタノシリケート触媒による過酸化水素を酸化剤とする酸化反応例。

不均一系酸触媒によるグリーン合成プロセス

硫酸、塩酸、塩化アルミニウムなどの均一系酸触媒から、ゼオライト、モンモリロナイト、ヘテロポリ酸などの回収・再使用可能な不均一系触媒を用いるプロセスへの置き換えが行われています(図5)。その代表例として、気相ベックマン転位が挙げられます。ε-カプロラクタムの製造は発煙硫酸を副原料としたシクロヘキサノンオキシムのベックマン転位反応により合成されてきましたが、硫酸アンモニウムの副生などが深刻な問題となっていました。高シリカMFI型ゼオライト触媒を流通系反応装置に充填し、そこへシクロヘキサノンオキシムを通すだけで、ε-カプロラクタムが得られます(図6)。従来法のように、余分な副生物はいっさいありません。この気相ベックマン法は、世界に先駆けて日本で2003年から年産6万トン規模で工業化されています。

図5. ゼオライト(結晶性アルミノケイ酸塩)、モンモリロナイト、ヘテロポリ酸。
図5. ゼオライト(結晶性アルミノケイ酸塩)、モンモリロナイト、ヘテロポリ酸。

引用文献

教育/触媒の解説