大谷文章(北海道大学触媒化学研究センター)
Evonik社(日本では日本アエロジル)が提供する「AEROXIDE TiO2 P 25」(以下「P25」)はアナタースとルチルの両結晶を含む酸化チタン(IV)であり,光触媒として広く用いられている.触媒学会参照触媒部会が配布するJRC-TIO-4およびアジアキャタリスト事業によりインドで配布されるARC-TIO-4は,同社から供給を受けたP25のそれぞれ一ロットである.これらはさまざまな光触媒反応系において高い活性を示すことから,事実上の標準試料(de facto standard)となっている.その高い活性がアナタースとルチルの相乗効果であるとする科学的根拠のない俗説が信じられていたが,P25から化学処理によって単離したアナタースとルチルは,反応系によってそのいずれかがP25より高活性であることが報告された[1]ことから,さまざまな系でその追試が行われており,この分離実験についての問合せが多い.アナタースとルチルはそれぞれ過酸化水素―アンモニアと希フッ化水素酸により単離できるが,いずれも実験時の事故が起こりやすいため,この場を借りて注意を促したい.
アナタースの分離には文献[2]に示したように過酸化水素―アンモニア混合物を用いる.ここでアンモニアは塩基として作用しており,アンモニアに 換えて水酸化ナトリウム水溶液を用いることも可能である(ナトリウムイオンの除去がむずかしいため,焼成により除去できるアンモニアの方がよい).しかし,アンモニアは還元剤としても作用し,強い酸化剤である過酸化水素と爆発的に反応して噴出する危険性がある.酸化チタンの溶解は発熱反応であるため,生じた熱によって過酸化水素とアンモニアの反応が加速されるからである.著者の研究室において防護措置をとって検討を重ねた結果,以下の条件(濃度等は文献[2]とはやや異なる)において25℃に保持した水浴中で反応を行う場合には爆発的反応は起こらないことを確認し,標準的な方法としている(念のため防護策は講じている).
反応容器: 250 mLポリエチレン製ねじ口遠心管
酸化チタン(P25): 6 g
過酸化水素水(30%): 200 mL
アンモニア水(25%): 6 mL
反応容器に過酸化水素水を入れ,これに酸化チタンを懸濁させて,20℃に設定した水槽中に置く.ゆるやかに磁気撹拌しながら,アンモニアをゆっくりと滴下したのち,ねじ口のふたを圧力がぬける程度にゆるく閉める.温度設定を25℃に上げて15時間撹拌する.
35℃では爆発的反応する確率が高いので,水浴を用いない場合にはほぼ爆発的反応すると考えてよい.また,容器に汚れがあると爆発的反応しやすいと思われるので,使用前に王水洗浄するが,水洗浄時にブラシなどでキズをつけないことも必要である.反応後に遠心分離(15,000 rpmで20分程度必要なため,小型の遠心管に移しかえて行う)により残存する(アナタース)粉末を回収する.のこった上ずみ液の反応が進行するため,2 Lビーカー等に水を入れておき,上ずみ液をそれに注入して集め,最後に酸化マンガン(IV)の粉末を投入して過酸化水素を分解し,過酸化水素の試験紙で分解を確認したのち,廃液として処理する.
凝集による粗大化を防ぐため,得られた粉末を凍結乾燥により回収しているが,そのままでは窒素種が残留しているため,うす黄色を呈することが多い.200℃で2.5時間の乾燥(空気中)により白色になるが,粒子間の脱水により二次粒子が生成していると考えられる.
ルチルの単離には希フッ化水素酸を用いる[3].暴走する危険性はないが,酸としての取扱いの注意が必要である.アナタース単離とおなじ容器を用いて,以下の条件で分離している.
酸化チタン: 9 g
希フッ化水素酸(約10%): 水160 mL+46%フッ化水素酸40 mL
室温で24時間磁気撹拌
得られた粉末を遠心分離(4,500 rpmで20分程度)し,水で洗浄してから凍結乾燥する.表面にフッ素が強く吸着しているので,1 mol L-1水酸化ナトリウム水溶液で洗浄したのち,空気中,200℃で2.5時間乾燥させる.
アナタースとルチルのいずれの場合でも化学処理により分離し,乾燥処理などを行う必要があるため,X線回折(XRD)パターンでみれば単相ではあるが,本来P25中に含まれていた状態のまま単離できたという保証はない.また,内部標準を用いるXRDパターンのリートベルト解析によれば,水分やアモルファス酸化チタンと考えられる非結晶相も10~15%程度含まれている.これは,もとのP25に含まれる同程度の非結晶相が残存したのではなく,分離過程で生じたものと考えている.
1) B. Ohtani, O.-O. Prieto-Mahaney, D. Li, R. Abe, J. Photochem. Photobiol. A Chem., 216, 179 (2010).
2) B. Ohtani, Y. Azuma, D. Li, T. Ihara, R. Abe, Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 32, 401 (2007).
3) T. Ohno, K. Sarukawa, M. Matsumura, J. Phys. Chem. B, 105, 2417 (2001).